HAPPY NEW YEAR!!
大晦日って何してる? 12時に合わせて初詣? 運良くお気に入りのグループのチケットが手に入った人はカウントダウンライブっていう年越しもあるかもしれない。 しかし残念ながら火原和樹の年越しは今年も例年通り。 すなわち、自宅のリビングで炬燵に入って兄と共に紅白をひやかすというごく普通のものとなっていた。 「しっかしお前も毎年毎年これだなあ。彼女とかいねえのかよ?」 夕飯の後、通算10個目になる蜜柑の皮を剥いている和樹を兄がからかう。 例年ならここで和樹がむっと言葉に詰まって、「来年こそは!」と心に誓う・・・・というのがパターンだったが今年は違う。 「いるよ!彼女なら。すっごい可愛いんだぞ!」 言い返してやると兄は驚いたように目を見開いた。 「マジ?お前何時の間に・・・・?」 「ふふん。今年の春!」 「あーあー。あのコンクールの出演者だっけ?確か・・・・ヴァイオリンの香穂ちゃん。」 「え!?なんで兄貴が知ってんだよ!?」 「お前ねえ・・・・」 真面目に驚いている弟の姿に兄は苦笑した。 今年の春頃の和樹の会話と言えばもっぱら『ヴァイオリンの香穂ちゃん』の事だったのを、自覚していないらしい。 確か他にも参加者がいると聞いていたのに出てくる話は『ヴァイオリンの香穂ちゃん』の話だけ。 そりゃあいくら実際の図を見ていないとはいえ、兄にも和樹の気持ちぐらい容易に想像が付いた。 もっとも何に関しても深く考えない弟のこと。 上手くいったかは謎だったのだが。 意外に弟も『男』ではあったらしい、と思って未だに「なんで?なんで?」を繰り返す和樹を見て兄はにやりと笑った。 「ナイショ。」 「えーーー!?」 「ところで、お前。彼女がいるならなんで家で蜜柑食って紅白なんか見てるわけ?デートでもすりゃあいいだろ?」 不満そうな和樹の視点を変えるべく、話を変えると急に和樹はシュンッとしてしまった。 「だってさあ・・・・香穂ちゃん、家族と年越し旅行に行くっていうんだもん。」 ―― そう、和樹としては本当は今年こそは男のロマンの1つ(全部でいくつあるのかは秘密)『彼女と年越しデート』を実行する気まんまんだったのだ。 なのに、年末にその話を切り出した時の香穂子の反応は予想外に困ったようなもので。 『・・・・ごめんなさい、先輩。うちは30日から1日まで家族で旅行なんです。お父さんが単身赴任しているのでお正月ぐらいはって・・・・』 そういわれてしまえばそれ以上我が儘を言うわけにもいかず。 自動的にいつもの大晦日に突入してしまったわけである。 (あーあ。香穂ちゃんに一番に「明けましておめでとう」、言うつもりだったんだけどなあ・・・・) むき終わった蜜柑の房を1つ口に押し込みながら、ため息を消して和樹は視線を落とした。 親友の柚木や、サッカー仲間の青木が聞いたらきっと笑われるぐらい子どもっぽい夢かもしれないけど。 それでも大好きで特別な『彼女』だからこそ、新しい年を迎える瞬間も一緒にいたかった。 一緒にいて一番に「明けましておめでとう」を言ったなら、新しい年もずっと一緒にいられるような気がした。 (・・・・うう〜、会いたいなあ。香穂ちゃん。) 何度も「しょうがない」で終わらせた事を再度考えてしまったせいで、ますます香穂子に会いたくなって和樹はぺしょっと炬燵に突っ伏す。 その頭をどこか同情したような仕草でぽんぽんと兄が撫でた。 「まあ、家族も大事に出来る子はいい子だよ。ほら、へこんでないでテレビでも見ろ。もう紅白も終わるぞ?」 「うう〜〜、そんな事はわかってるよ。」 「・・・・のろけか?」 「ちっ!ちがっ!」 「別に照れるなって。和樹が『ヴァイオリンの香穂ちゃん』を大好きな事ぐらいはとっくの昔にわかってるから・・・・・あー、やっぱり今年は白組の勝ちか。」 テレビの中で誇らしげに白組のアナウンサーが籠の中から最後のボールをとりだして客席に向かって投げている。 それを見ながら、和樹は諦めたようにため息を1つついた。 (確かに兄貴の言うとおり、香穂ちゃんはちゃんと家族も大事にできる子だから・・・・だから俺も大好きなんだし。) だから彼女の生活において一番新座モノの自分は少しぐらい我慢しなくては。 ・・・・なんて愁傷なあきらめを和樹が決めている傍らで、華々しく紅白が幕を閉じ、一打の重々しい鐘の音と共に番組が一転渋く切り替わる。 「今年ももう、終わりだなあ・・・・」 「うん。」 別に「紅白」から「行く年来る年」に番組が変わったからと言ってしみじみする必要はないのに、なんでかしみじみとしてしまう火原兄弟。 画面は年末の日本列島の風景を映しながら変わっていき、今年の残り時間も5分を切った。 その時 ―― 〜〜〜〜♪ 「へっ!?」 いきなり鳴り響いたロマンスト長調のメロディに、和樹は驚いて自分の携帯に飛びついた。 このメロディは特定の人の着信でしか鳴らないように設定してあるはずだ。 大好きなメロディだから、一番大切な着信だけのために。 慌てたせいで充電器を吹っ飛ばしつつ、ディスプレイを確認すれば表示されている相手の名前は間違いなく 『日野香穂子』 「もしもし!?」 『わっ!?か、和樹先輩?』 あまりに勢い込んで電話に出てしまったせいか、受話器の向こうからかなり驚いた声が返ってきた。 「あ、ああ。ごめん。香穂ちゃん?どうしたの?今、旅行中でしょ?」 『はい。まだ旅行先なんですけど・・・・その、先輩に一番に「明けましておめでとうございます」が言いたいなあって思って・・・・』 「え?」 照れくさそうに言われた言葉の意味が一瞬理解できなくて、聞き返した和樹に香穂子は今度はもう少しはっきりした口調で言った。 『先輩に一番に新年の挨拶がしたかったんです。そうしたら来年もずっと一緒にいられるような気がするから・・・・ごめんなさい、こんな時間に電話なんかかけちゃって。迷惑でしたよね。』 後半はちょっと控えめに香穂子が言うのを聞いていた和樹は、別に相手に見えるわけでもないのに受話器を持ったまま大きく首を振ってしまった。 「ううん!迷惑なんかじゃないよ!・・・・うわ、どうしよう・・・・すごい嬉しいかも。」 香穂子が同じ事を想ってくれたのが嬉しい。 先に行動に出られてしまったのはちょっと悔しいけど、それ以上に何倍も何倍も、香穂子の声を聞けたことが、きっと自分の考えていたことを聞いても笑い飛ばしたりしないであろう事が嬉しくて。 全身に鳥肌が立ってしまう程、大声で笑い出したい程、嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。 『あっ!先輩!あと10秒!!』 「あ!うん。じゃあ、カウントダウンしよう!7・・・・6・・・・」 『5・・・4・・・・』 「3」 『2』 「1」 「明けましておめでとう!」 『明けましておめでとうございます!』 同時に言ったので、相手の声か自分の声なのかわからなくて。 電話口でとうとう吹き出してしまった2人だった。 ―― ちなみに、一部始終を目撃していた兄が後にこの時の和樹の表情を語る。 「・・・・あれはにやけすぎて、顔面土砂崩れ状態だった。」 と。 なにはともあれ、今年の火原和樹の年越しは例年通りどころか、特別な年越しになったことは言うまでもない。 〜 END 〜 |